「keniti3545」since72:7月22日(日)雨15℃「東日本大震災」500日 今日の一題 「我れの拾い読み」
*朝トレ:三日連続の中止! 小雨、濃霧・そぼ降る雨・「しとしと」、と、降る雨← →梅雨の戻り!!!
早、我れの「貯筋(肉)」は底をつきそうで〜す。 年金生活者は「貯金」も「貯筋」も底が浅いので〜す! 珍しく女房殿とお勝手でお茶を飲んだ。え、?コーチもマネージャーも気を利かして引っ込んでいました。(何処へ、ったって解りませんよ!)
*「東日本大震災」500日
今日の一題 「我れの拾い読み」
*[1] 脱原発デモ(運動)の切り崩しか!?
2012年07月22日00:15 カテゴリ
メディア等ブログ7/22 「人の心を持った日本国民のみなさんへ」この記事を書いた新聞社を忘れないように 「人の心を持った日本国民のみなさんへ」読んでみて下さい。そして、この記事を書いた新聞社を忘れないように心に刻み込んで下さい。
転載元:みんな楽しくHappy♡がいい♪
この記事を読んで「えっ!?」と・・・信じられなくて何度も何度も見直した。
何度見ても日本を代表する産経新聞の記事だった。
何度見ても・・・
何回見直しても・・・
Σ(゚д゚lll)ガーン・・・
これが日本の大手新聞の書く記事の内容なのか!!Σ(♛﨟♛)!!
このような記事を大手の新聞が平気で書いて、しかも全国に報道することに日本の終わりが見えるような深い絶望と、この記事を書き、この記事を承認したデスクに大きな軽蔑を感じる。
小学生や中学生の「いじめ」の問題を遥かに超える、大手企業が一個人に対する「いじめ」以上の嫌がらせではないだろうか(╬◣д◢)
MSN産経ニュース【産経抄】2012.7.21 03:13
いまどきのおしゃれな文化人になるためにはどうすればいいのだろうか。若いときに電気をふんだんに使ったコンサートをやって人気者になり、ニューヨークの高級マンションに住む。もちろん税金は大好きな米国に払って日本には払わない。
▼菜食主義を一度は試し、電気自動車のコマーシャルに出る。還暦を過ぎれば流行の「反原発デモ」の先頭に立って、アジ演説をぶって拍手喝采される。目立ちたいのは文化人の業だが、もう少し本業に専念しては、と望むのは古くからのファンのないものねだりだ。
▼いままで書いてきたのは架空の人物の話。
ただ、ミュージシャンの坂本龍一さん(60)が、16日に17万人集まったと称する(実際は7万5千人程度だったが)反原発集会での演説は、おしゃれな文化人そのものだった。
▼彼は、「たかが電気のために、この美しい日本の未来である子供の命を危険にさらすべきではない」とのたまった。確かに、たかが電気である。命には代えられない、と思わずうなずきたくなる甘いささやきではあるが、「たかが電気」がどれだけ多くの命を救ってきたことか。
▼東日本大震災でも17年前の阪神大震災でも真っ暗だった被災地に明かりが蘇(よみがえ)ったとき、どれだけの人々が感涙にむせんだことか。大震災直後の昨年春、たかが数時間の計画停電で、病院に影響が及び、どれだけの病人が困ったかを坂本教授は知らないのだろう
▼昨日の首相官邸周辺でのデモには鳩山由紀夫元首相も参加した。
原発への恐怖心を利用して騒ぎを大きくしようと画策する左翼団体や金持ち文化人、それに選挙目当ての政治屋どもに踊らされていることに参加者はそろそろ気付かれた方がいい。
これは、責任のある大手の新聞社が書く文章でしょうか??
三流の週刊誌よりもひどい内容だと思います。
このような記事が日本の代表する産経新聞のものだという事に涙が出るほど悲しいです。
=====================
*[2] 「米国従属・追従主義」の「日本政府」少しは見習いなさいよ!
選手会もたいした決断だが、「個」である選手の姿が頼もしい・是非国民に範を垂れた姿勢を崩さないで下さい。 (keniti3545)
1312 ・「アッパレ!プロ野球選手会」
2012-07-22 06:54:07 | 日記おはようございます。
生き生き箕面通信1321(120722)をお届けします。
「ものすごいことが起きた。日本のプロ野球選手たちが、理不尽な米国の要求をはねつけたのだ」と、反骨の元外交官・天木直人さんが自分のブログ(メールマガジン7月20日、第552号)で、プロ野球選手たちの行動を絶賛しています。プロ野球選手会が、米国主導のWBC不参加を決めたことについてのコメントです。
「これほど天晴れな行動はない。これはスポーツ紙の話題ではない。
対米従属の支配者たちに対する異議申し立てなのである。第一級の外交事件であり、政治記事のトップになる事件である」と、最大の賛辞を送っています。天木氏は元外交官だけに、この”事件”の外交上の意義が見えるようです。
「不平等に目をつぶり、自分たちのために何もしてくれずに、米国の顔色ばかりをうかがう日本プロ野球機構やプロ野球コミッショナーたちお偉方に、『お前らは裸の王様だ』と国民の目の前で叫んでいるのだ」
「プロ野球コミッショナーに天下った対米従属の加藤前駐米大使は、その無能さをさらけ出して、プロ野球選手たちの決断を批判している」
「米国の手先のような報道ばかりを繰り返すNHK9の大越健介キャスターは、このプロ野球選手たちの決断を、『早まったことをするな』『皆の楽しみを奪うな』などと批判している」
「そのような対米従属こそが諸悪の元凶なのだ。おりからオスプレイの強行配備に対する国民の反発が起きている。日本の富を奪うTPPに対する反発が起きている。日米同盟と言う名の対米従属関係に、やっと国民が目覚め始めたのだ。その先頭に立ったのがプロ野球選手たちなのだ。 われわれ日本国民はその勇気を称え、彼らを応援しなければならない」
指摘されて見ると、「たしかにそうだ」と、うなずきました。
今晩、オスプレイは山口県岩国市の港に着きます。そして、明日、抗議などないかのように陸揚げされるはずです。その山口県では、知事選(来週29日投開票)の真っ最中。「脱原発」を公約の第一に掲げる飯田哲也さんが、「(原発推進の)国策に対して真正面から闘い、もの申していく」と、頑張っています。脱原発に対する「県民投票」の意味を持つ大事な選挙です。山口県民はどんな判断を下すでしょう。
===========================
*[3] 「原子力規制委員会」委員長に「原子力ムラ」中枢の田中俊一氏? 「何じゃいこれは」?これで良いのか??
2012年07月21日10:46 カテゴリ
委員会等東京新聞7/21 規制委員長に「原子力ムラ」中枢の田中俊一氏 原子力学会長など歴任 政府は二十日、原子力規制を一元的に担う新組織「原子力規制委員会」の委員長に、内閣府原子力委員会の前委員長代理、田中俊一氏(67)を充てる方針を決めた。
来週中にも衆参両院の代表者会議に委員長と委員四人の人事案を提示する。国会同意の手続きが必要で、各党が賛否を検討した後、近く両院の本会議で採決される。認められれば、九月上旬にも新組織が発足する見通しだ。
田中氏は福島県出身。放射線物理が専門で、原子力委の委員長代理のほか、日本原子力学会会長などを歴任した。
規制委は、東京電力福島第一原発事故の対応で批判を浴びた経済産業省の原子力安全・保安院、内閣府の原子力安全委員会など既存の組織を解体し、一元化した組織。環境省の外局になるが、公正取引委員会のように国家行政組織法三条に基づき高い独立性を持つ。
原子炉などの規制の制定や安全監視、定期検査を終えた原発を再稼働させる際の安全性審査を行う。原則四十年になった原発の寿命を見直す権限も持つ。
強い権限を持つため、政府は委員長や委員の人選について、過去三年間に原子力関連の会社・団体から「年間五十万円程度」以上の報酬を受けていないなど、中立性確保の基準を設けた。
政府は当初、二十日午前の衆参両院の代表者会議に人事案を提示する予定だったが、一部の報道機関が事前に人事案を報じたことに野党が反発し、週明け以降に持ち越した。
自民党の鶴保庸介・参院議院運営委員長は「人事そのものは認めざるをえない。その前に、情報管理がどうなっているのか政府から説明を受ける必要がある」と述べた。
田中 俊一氏(たなか・しゅんいち)67年東北大原子核工学科卒、日本原子力研究所(現・日本原子力研究開発機構)入所。04年副理事長。07年1月〜09年12月原子力委員会委員長代理。元日本原子力学会会長。67歳。福島市出身。
=========================
*[4] 河野太郎ブログ 国会議員超党派「原発ゼロの会」メンバー募集中2012年07月21日11:10 カテゴリ
河野さん今なら「超党派の募集」遣りやすい!!
脱原発河野太郎7/21 「原発ゼロの会」の議員を当選させよう! @河野太郎 原発ゼロの会 メンバー募集中
第一回の締め切りは、7月30日です。
掲載元:ごまめの歯ぎしり 2012年07月20日
あなたの地元の衆議院議員、参議院議員は「原発ゼロの会」のメンバーになっていますか。
ぜひ、あなたの地元の国会議員事務所に電話をして、国民と未来を創る側に立つのか、原子力ムラの利権を守る側に立つのか、尋ねてみて下さい。
原発ゼロの会の今後の日程は:
7/24(火) 16:00〜 第10回 国会エネ調
7/26(木) 7:15〜 第20回世話人会会合
7/25〜27調整中 「国民的議論」問題について政府に申入れ
7/30(月) 16:00〜 第11回 国会エネ調 入会申込第一次集約日
8/2(木) 12:00〜 原発ゼロの会総会
以下、原発ゼロの会への参加の呼びかけです。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
原発ゼロの会への参加の呼びかけ
東京電力福島第一原発事故を踏まえて、我が国の政治がなすべき第一は、「原発ゼロ」に向かうという決断である。事故後、国民の中に広範に生まれた「原発ゼロ」への思いを受け止め、また、世界に向けて我が国の立場を明確にするためにも、政治が原発ゼロにむけたしっかりとした論議と政策選択を行うべきと考える。
私たち「原発ゼロの会」は、本年3月下旬から、7党9名の衆参国会議員による準備会合を積み重ね、このたび政策論議ための骨子を発表するとともに、広く衆参国会議員各位に「原発ゼロの会」へのご参加を呼びかける。
この骨子は7本の柱からなり、原発依存ゼロとともに、使用済み核燃料の再処理もゼロにするための具体的政策に加え、原発推進というこれまでの国家政策を改めるために、原発立地自治体の再生への道にも言及している。
同時に、省エネ政策と再生可能エネルギーへの大胆な転換策を提言するとともに、大規模集中から小規模分散型へのエネルギーシステムの転換を含めた新しい経済社会構造を促す政策も加えた。そして、エネルギー政策の決定と実施の過程における国民に開かれた議論の仕組みづくりも提言している。
私たちは、この骨子に基づき、来る7月下旬までには最終的な政策提言をとりまとめ、国民的論議に付したいと思っている。
参加する議員の各々が明確に「原発ゼロ」、すなわち今あるすべての原子炉の廃炉と使用済み核燃料の再処理を行なわないという政治的意思を持つことを前提とする。
また、参加される各議員は、有権者たる国民にそれを自らの政治的公約とするとともに、その所属政党を問わず信念を持って実現させることに全力をあげる。
あわせて、国会の中でのエネルギー政策の論議の場として設けた「国会エネルギー調査会(準備会)」への積極的な参加によって、議論の活性化をはかることに努めるものとする。
ドイツでは、東電福島第一原発事故を受けて、全17基の原子炉を一旦はすべて止めて、最も危険度の高いと判断された8基をそのまま廃炉と決定し、多角的な視点による国民的議論を経て、少なくとも2022年までに全原発の廃炉とすることを政治の方針とした。
事故当事国であり、まして常に地震・津波・噴火の危険にさらされている我が国では、もはやあらゆる意味で「安全神話」はなりたたない。今ある全原発50基の危険を速やかに把握、公表し、何よりも国民・住民を放射能汚染から守るべく、一日も早い危険炉の廃炉を実施するための政治的・経済的、国民的合意のあり方も含めて「原発ゼロの会」の提言とする。
2012年6月27日
原発ゼロの会
民主党
近藤 昭一(衆議院議員)
逢坂 誠二(衆議院議員)
公明党 加藤 修一(参議院議員)
みんなの党 山内 康一(衆議院議員)
日本共産党 笠井 亮(衆議院議員)
社民党 阿部 知子(衆議院議員)(事務局)
新党きづな 斎藤 やすのり(衆議院議員)
======================
*[5] 大飯再稼働 21日には4号機も再稼働に入った
鬼蜘蛛おばさんの疑問箱自然界への疑問や自然保護、環境問題から共同出版問題などの社会問題まで、日ごろ感じているさまざまな疑問を「鬼蜘蛛おばさん」こと松田まゆみが綴ります。鬼蜘蛛おばさんの疑問箱
2012年07月18日
「何が何でも原発推進」の狂気
今日の北海道新聞の一面トップは、「大飯・志賀 断層再調査を」という記事だった。
石川県の志賀原発(北陸電力)の場合、「S−1断層」という断層が原子炉建屋の直下を走っている。活断層の専門家である東北大教授の今泉俊文氏が「典型的な活断層だ。あきれてものが言えない」と言っているのだ。国の原発耐震指針では、13〜12万年前以降に動いた活断層の真上に原子炉などの重要施設を建てることはできない。明らかに指針に反している。
先日再稼働してしまった福井県の大飯原発(関西電力)も、2号機と3号機の間に「F−6断層(破砕帯)」が走っている。大飯原発は「FO−B断層」および「FOA−断層」と熊川断層に挟まれており、これらの断層が動いた場合、連動して「F−6断層」が動く可能性があるという。
浜岡原発も活断層の上にある。この国では活断層の直上にいくつもの原発を建て、これまで何食わぬ顔をして運転してきたのだ! 結局、活断層があるらしいと知っていながら、知らんふりをして原発を建てたのだ。もちろん審査を通してしまった原子力安全・保安院もグルになっていたということだ。
専門家によって断層の危険性が指摘されているさ中に、平然と大飯4号機を再稼働させる。あの原発大国のアメリカでさえ、断層があることが分かって原発の建設を中止したのに・・・。17万人の市民が一堂に集って抗議の声をあげても、野田首相は耳を傾けようとすらしない。これを狂気と言わずに何というのか。
そもそも日本は世界有数の地震大国であり、いつどこで大地震が起きるか分からないし、大津波に襲われるかもわからない。3.11のような巨大地震がきたなら、断層があるかないかなど関係なく広範囲に激震が襲う。こんな国で原発を稼働させるのは破滅への道を歩むことを意味する。
また、「原発の安全性が確認されるまでは再稼働させるべきではない」という声が聞かれるが、「どんなに大きな地震がきても絶対に安全」などということはあり得ない。ストレステストなど、再稼働させるための免罪符でしかない。ストレステストをする以前に、これほど揺れまくっている国で原発を稼働させることの是非を議論すべきではないか。
昨日は、エネルギー・環境政策に関する意見聴取会で電力会社の社員が堂々と原発推進の発言したことが明らかになった。昨年、九電で「やらせメール」が発覚してあれだけ批判されたし、北電でも「やらせ」が発覚した。それなのに、原子力ムラの村民がよく恥ずかしげもなく意見聴取会に出て推進意見を述べられるものだ。意見を述べる者が、主催者の言うように無作為抽出で選ばれたのなら、よほど大勢の電力会社社員が応募したということだろう。これを「やらせ」と言わずして何というのだろう。
原発推進者の厚顔無恥には言葉もない。こんな国の国民であることが恥ずかしくなる。
=========================
*[6] 「いじめ」は大人の世界にもはびこっている!
内藤朝雄氏の指摘するいじめの論理と解決への提言
大津市の中学校のいじめ事件のことについて、マスコミが毎日のように報道している。焦点となっているのは学校や教育委員会の真相隠し。そして、このようないじめ事件に対し決まり文句のように「原因の究明」「再発の防止」「命を大切にする教育」という言葉が繰り返される。
学校での凄惨ないじめは今にはじまったことではない。いじめが社会問題として深刻化するようになってからいったい何年が経ったのだろう。事件が明るみになる度に「原因の究明」「再発の防止」が叫ばれているが、一向に改善の兆しは見られない。言葉ばかりが空回りしているようで虚しい。悲惨な事件が報道されるたびに、多くの人が加害者や教育関係者に怒りをあらわにしているのだが、そこにも解決の糸口を見つけることはできない。
いじめのメカニズムを解き明かし、いじめ解決への提言を行っているのが社会学者の内藤朝雄氏だ。内藤氏は「いじめの社会理論」(柏書房)という本のまえがきで以下のように述べている。
大人たちは「子ども」のいじめを懸命に語ることで、実は自分たちのみじめさを語っているのかもしれない。私たちの社会では(国家権力ではなく)中間集団が非常にきつい。そこでは「人間関係をしくじると運命がどうころぶかわからない」のである。この社会の少なくとも半面は、不偏的なルールが通用しない有力者の「縁」や「みんなのムード」を頼らなければ生活の基盤が成り立たないようにできている。会社や学校では、精神的な売春とでもいうべき「なかよしごっこ」が身分関係と織り合わされて強いられる。そしてこの生きていくための日々の「屈従業務」が、人々の市民的自由と人格権を奪っている。
大人たちは、このような「世間」で卑屈にならざるを得ない屈辱を、圧倒的な集団力にさらされている「子ども」に投影し、安全な距離から「不当な仕打ち」に怒っている。
内藤氏は本書でいじめが生じる仕組みを非常に明確に解き明かしている。いじめがおきる原因は、加害者や被害者、教育関係者といった個々の人たちの問題ではない。集団の心理に起因するのであり、学校だけではなくどこでも起こりうるという指摘は非常に納得のいくものだ。学校や社会で強いられる「なかよしごっこ」、「屈従関係」が人々の自由と人格権を奪っているというのは、まさにその通りだろう。
内藤氏は、学校という共同体では以下のような状況が生じるという。
①自分の好みの生のスタイルを共通善の玉座にすえるための陰惨な殲滅戦。
②主流派になれなかった場合には、自分の目からは醜悪としか思えない共通善への屈従(へつらいの人生)を生きなければならない苦しみ。さらには、
③「われわれの特定の善なる共同世界を共に生きる」ために自分を嫌いになってまで、その共通善に「自発的」に悦服している「かのように」ようにおのれの人格を加工しなければならない(いわば魂の深いところからの精神的売春を強要される)屈辱と絶望。
これらのことはどこの集団にも存在しており誰もが経験しているだろう。こうした共同体による強制がいじめを生むのである。内藤氏は、いじめのない社会の構築のために、一人ひとりがそれぞれにとっての望ましい生のスタイルときずなを生きることができる「自由な社会」を提言する。このような社会では「なじめない者の存在を許す我慢(寛容)」が要求されるものの、「なかよしごっこ」をしない権利が保障されるのだ。
ただし、このような社会は放っておけばできるというものではない。社会的な基盤が必要だ。こうした社会の実現のために以下の要件をあげている。
①人々を狭い閉鎖空間に囲い込むマクロ条件を変えて、生活圏の規模と流動性を拡大すること。
②公私を峻別し、こころや態度を問題にしない、客観的で不偏的なルールによる支配。
そして、現行の強制的に集団生活を課す義務教育を廃止し、あらたな学習体系による教育制度を提言する。いじめ大国、自殺大国になってしまった日本において、熟考されるべき提言だろう。
思い返せば、私も学校は大嫌いだった。学校には主流派による無言の強制があり、そこから外れてしまえば非難の視線があった。でも私はたいてい主流派の中にはいなかった。だから本当の気持ちを心の奥底にしまい、いつも不満を抱えていた。自分を殺して協調性を重んじるなんてまっぴらだったし、人の顔色ばかりうかがっている人が嘘っぽく見えた。何よりも集団に拘束されず自由な自分でいられる休日が楽しみで、解放感にひたれる夏休みを待ち焦がれていた。
内藤さんの本を読むと、学校が大嫌いだった理由がストンと胸に落ちるのだ。私が学校に通っていた頃は今ほどの凄惨ないじめはなかったが、しかし明らかに類似した状況は存在していた。今の時代に生まれていたなら、間違いなく不登校になっていただろう。
大津市のいじめ事件で怒っている人たちには、いちど内藤さんの指摘に耳を傾けてほしい。学校でいじめが起こる仕組みはすでに解明されている。事件の細部にこだわり、馬鹿の一つ覚えのように「原因の究明」「再発の防止」「命を大事にする教育」といっているだけではいじめをなくすことはできない。人は誰でも攻撃性を秘めている。それを肯定したうえで、いじめが起きるメカニズムをみんなが理解しなければいじめの解決にはつながらない。
いじめを受けている子どもたちには「いじめられるような学校なんか行くな!」と言いたい。学校の外の世界で、自分らしさを取り戻してほしいと思う。今の学校制度では、教師までもが平然と加害者になり、被害者は身も心もボロボロにされる。集団から出るしかいじめから逃れる道はないのではないか。
以下は内藤朝雄さんのブログ記事だ。なぜいじめが起きるのか、簡潔に指摘されている。ここで語られている「監禁部屋」の些末な工夫は、今の学校でのいじめ対策そのものではないか。
いじめの直し方
世の中には様々な考えの人がいて、みんな違う。「みんななかよし」なんてあり得ないのだ。個性や価値観の尊重ができる社会の構築を私たちは目指すべきだろう。
そしてつくづく思うのは、学校でのいじめと原発事故は同根であり「ムラ社会」に起因するということ。内藤さんもそのことを指摘している。この国ではどこに行っても「ムラ」があり、人の命よりムラの仲間うちの都合が優先されるのだ。根本的なところでの変革が必要だろう。
=======================