「71 才の365日」12月30日(金)晴れ−2℃「東日本大震災」295日

*朝トレ:7時〜8時

−2℃は暖かい(?)! ちょっと風が邪魔ですが、手袋の中の手指が痛くならない。 風のおかげで霜は降りない。我れは枯れ芝の「サクサク音」も好きですが今日はふわっとした踏み心地、フィールドに靴音がない。川原向こうの国道120号には車の姿も走行音もいつもに比べて極端に少ない。奥山の白い雪だけが目に染みる。

体調良し、そう言えば昔巨人の絶好調男中畑さんを暫く呼び出さない我れの前頭葉だが、彼方も「浜の監督に」就任して忙しいだろうし、暫し遠慮しておこう。 先日の記者会見で言っていたっけ、私の「絶好調」は封印して今後は「選手のみんなに絶好調宣言をしてもらいます」! と。

ま、今日は我れもテロップは封印して温度差活かしたトレーニングに励もう。結果、強歩10本・走15本 距離4km Bの上クラスメニュー消化。 往路、復路気合い人無し。

帰宅後、いつものようにシャワーを浴びて、朝食を済ませると8時40分になる。朝ドラのカーネーションを諦めてからは、この区切りがずれ込んで9時になってしまうことがある。 (でもこれは、許されることであろう、我れの至福の時間なのだから)

*今日は、パソコンを開くと昨日の日付と共に今年の締めくくりをしている皆さんが多い。 ですよね、今年と呼べるのは今日と明日の二日だけ、区切りを付けるのが世の習いですよね。 いくらアバウト人間の我れでも、皆さんに習ってけじめは付けることにしましょう。

言っては見たもの、方法に戸惑う我れですが・・・。 と、言うのも実は、このブログのタイトルの如く71才の今年は「365日の日記を1日も休まずにUPしよう」と決めているので「回遊魚」の如く止まれないんです。で、今決めました、下記「二つのこと」を今年一年のけじめとさせて頂き、日記は来年の4月17日を目標に休まず UP し続けます。また、その後は跳び跳び日記とでも命名して続けたいと思っています。


一、先輩ブログの皆様へのお礼のご挨拶(をする)

今年は、色んな事を教えて頂きまして本当にありがとう御座いました。 


振り返れば、「「311」東日本大震災」の状況を「TV画面」からではありますがほぼリアルタイムで目にして、身の震えを感じる思いでした。その後我れは自身の現役リタイヤの時を迎えようとしていましたが、この時「東日本大震災」の状況がどんな形で復興に向かうのかしっかり見届けることが無傷で居られた我々(我れ)の義務と受け止めました。

毎日のニュースを見ながら何も出来ない自分をもどかしく思ったのは多くの人が同じ思いであったろうと考えます。 現役時代にはパソコンは仕事上のデータ整理とかの使用が主で、インターネット・ウエブ検索等は限られた使い方しかしていませんでしたが、生来の「ぐうたら・アバウ」な人間が日記を付けたら面白いかな〜などと夢想し、少々予備知識的に「はてな」の利用を始めていたところでした。

その下地を何とか叩き台に、自身の71才の誕生日にこのブログを書き出したのです。 何の設えもなく、「無味乾燥」な 「日記、記事」ばかりでしたが(すいません今でもそうですが)、先輩ブロガーの皆さんから☆を頂いたり、コメントに励まされたりで幼子のような喜びをも味会わさせてもらいました(自分が喜び味わう道具にしては不謹慎ですね)。 しかし、そんな単純で・アバウトな性格も幸いして(良いなと思うことには直ぐ感化され、実践してみたくなる)、それが効を奏してか、少しずつ向かう「方向性・照準」が定まってきました。 

先ずは、感受性の高いブロガーの文章は読む人の心を潤してくれます、更に行動力の伴う人は行動も起こして見せてくれます。このバイタリティーが、更にまわりの人の心も、体をも揺り動かします。 我れも多くのブロガーに「やる気・感動」の「 Love」 注入を頂きました。 

「さよなら原発1000万人署名」へ参加発声がブログの先輩から有り、我もとお手伝いに参加、微少ではありますが実働とそれなりの結果もありました。

また、個人的に放射線量の測定とブログ UP を宣言したブロガーさんに呼応、市貸し出しの線量計を利用して、周/1回の定点測定値をブログUP 比較・考察の一助にして頂いています。このデータは今回我が日光市も国の除染指定区域に入ったこともあり市役所の方にも提出を続ける積もりです。 

他にも、被災地に良かれと思う心を持てば、「行政のウソ」や、「マスメディアの毒」も気になります。色々なニュースをブログを通しチェック(というより最早勉強・70の手習いです)することも出来ます。他にも沢山先生が居ます、アートの達人、詩人、科学者、病気と上手く付き合える人、人生そのものの達人、数え上げるに枚挙がない状態です。

我れはまだ一年に満たないお付き合いの人達ばかりです。それでも、このブログの世界には宮沢賢治の言う「森羅万象」との繋がりを持てる空間が存在しますね。 そしてこれが続くことは、この空間に出入りする全ての人が暗黙のルールーの内容を心に持ち遵守しているからだと思います。この世界には紙に書いたルールなど何も要らず、みんなの心のポケットには各人の大切にしている各人専用の「お品書き」があるのですね。きっと!!

ずいぶんと、自分に聞かせる注釈が長くなってしまいましたが、もう一度今年一年、種々教えて頂いたブログの先輩諸氏に心からお礼申し上げます。 「ありがとう御座いました」! 「来年も宜しくお願いいたします」! 





二、自分のけじめに、我れ(我が家)今年の十大ニュースの覚えを記す 読売新聞(読者)の十大ニュースにリンクさす。


1、東日本大震災、死者・不明者約2万人  三陸沖を震源とする国内観測史上最大のマグニチュード(M)9の地震が3月11日、発生した。岩手、宮城、福島3県の沿岸は、高さ10メートルを超す大津波に襲われ、壊滅的な被害を受けた。
*我が家:1、「東日本大震災」 家族TVを震えて見ていた


2、★得票率:98.79% ★得票数:11,075 サッカー「なでしこジャパン」世界一  サッカーの第6回女子ワールドカップ(W杯)ドイツ大会の決勝が7月17日(現地時間)に行われた。日本代表「なでしこジャパン」は、米国をPK戦の末に下し、初優勝した。

*我が家:2、「なでしこジャパン」世界一

3、★得票率:95.19% ★得票数:10,672 福島第一原発事故で深刻な被害  東京電力福島第一原子力発電所で3月12日から15日にかけ、東日本大震災による全電源喪失で冷却不能になった1、3、4号機の原子炉建屋で、相次いで爆発が起きた。
*我が家:3、甥子ユーリ誕生(一月ニュージーランド


4、★得票率:92.27% ★得票数:10,344 大相撲で八百長発覚、春場所中止に  日本相撲協会は2月6日、大相撲で八百長が発覚したことを受け、春場所の中止を決めた。不祥事が原因の中止は初めてで、協会は、計25人の親方、力士を角界から事実上、追放した。

*我が家:4、我れ現役リタイヤ 4月17日より「71才の365日」ブログUP


5、★得票率:67.60% ★得票数:7,579 新首相に野田佳彦氏  民主党野田佳彦財務相は9月2日、第95代、62人目の首相に就任し、野田内閣が発足した。直後の読売新聞社の緊急全国世論調査で、内閣支持率は65%を記録した。
*我が家:5、11月 友麻七五三


6、★得票率:63.76% ★得票数:7,148 スカイツリー「世界一」634メートルに到達  東京都墨田区に建設中の東京スカイツリーは3月18日、着工から2年8か月を経て、目標の高さ634メートルに到達した。 【詳細へ】

*我が家:6、10月 母92才の誕生祝い


7、★得票率:58.58% ★得票数:6,567 大型台風上陸相次ぎ記録的被害  台風12号が9月3日、四国から中国地方を縦断し、同21日には、15号が静岡県に上陸した。二つの台風で、記録的大雨による被害が相次ぎ、死者・行方不明者は計112人に上った。

*我が家:7、10月から 放射線線量定点測量開始


8、★得票率:47.17% ★得票数:5,288 大阪ダブル選、「都構想」で共闘の橋下氏が大阪市長、松井氏が府知事に初当選  大阪府知事選と大阪市長選は11月27日に投開票された。橋下徹前知事が大阪市長松井一郎府議が知事にそれぞれ初当選し、橋下氏率いる地域政党大阪維新の会が完勝した。 【詳細へ】

*我が家:8、12月1000万人さよなら原発署名募集参加64名の集計


9、★得票率:44.77% ★得票数:5,019 テレビ放送が地デジに移行  地上波テレビのアナログ放送は、東日本大震災で被災した岩手、宮城、福島の3県を除き、7月24日に終了し、地上デジタル放送(地デジ)に完全移行した。

*我が家:9、◎原発に関する政府発表、一連の騙しに憤る(ランクは2同等・期間当初から今現在も)


10、★得票率:44.28% ★得票数:4,964 節電の夏、37年ぶり電力使用制限令  政府は7月1日、東日本大震災後の夏場の電力不足に備え、東京電力東北電力管内の大企業などに対し、昨夏比15%の節電を義務付ける電力使用制限令を発動した。

*我が家:10、計画停電の経験に戸惑う。ペットボトルで湯たんぽ造った5月




*「東日本大震災」295日

今日の一題 「年の終わりに―万の悲しみを忘れない」  

 大震災の死者数1万5844人、行方不明者3451人。復興の陰で一人ひとりの悲しみは置き去りにされがちだ。犠牲の大きさを心に刻みたい。生き残った者がなすべきことは何か。 (12月30日朝日新聞


私たちはあの大震災で、いったい何を失ったのだろう。

 冬の被災地をめぐる。

 宮城県石巻市鈴木由美子さん(42)は12歳の三男、秀和(ひでかず)くんを亡くした。別々の車で逃げる途中、津波にのまれた。

 年が変わろうというのに、時間は3月から止まったままだ。

 息子が好きだったプロ野球のシーズンが、いつのまにか始まり、終わっていた。「もう落ち着いた?」と声をかけられるたび、叫び出しそうになる。

 前と同じ飲食店にパートで勤める。あ、学校帰りのヒデが自転車で前を通るころだ、と思い出す。でも泣けるのは、退勤のときの車の中だけだ。

 市内で月に一度、同じように子をなくした母親の集まりがある。みなせきを切ったように語りだし、相づちを打ち、柔らかな顔になる。自分は一人じゃないと、ようやく思える。

 警察庁によると震災の死者数は29日現在で1万5844人、行方不明者は3451人。

 DNA鑑定による身元判明が進み、12月に入って死者数は4人増え、不明者は156人減った。小刻みに変わる数字をみるたび、粛然とする。

喪の作業を支える
 宮城県のある男性は、母親の遺体がやっと見つかった。「みな言うんです。『よかったね』って。何が良かったんでしょうか。遺骨が手元に届き、母親の死が、現実になったばかりなのに」という。

 震災直後は合同の葬儀が多かった。棺もない、火葬もちゃんとできない。縁ある人が集まり語らうことも、ままならなかった。「自然の脅威を前に、宗教はいかに無力だったか」。遺体安置所で読経を続けた岩手県の僧侶は言う。

 被災地は少しずつ復興へと向かい始めている。その陰で、一人ひとりの悲しみは、置きざりにされがちだ。

 大切な存在を失った事実を、ゆっくり受け止めながら、それぞれの速度で前へと進む。そうした「喪の作業」を、いかに周囲が支え、独りぼっちにしないか。復興の道筋で見落としてはならないことだ。

 人々の孤立は、実は3月11日の前から、社会が直面する問題だった。家族のぬくもり、地域のつながり、しんどそうな人を見守るゆとり。私たちが失いつつあったものを、震災は、改めて突きつけている。

 もう一つ、忘れることのできない死がある。

 福島県須賀川市専業農家、樽川久志さん(64)は、3月23日夕方、政府が県産キャベツの摂取制限と出荷停止を決めたのを、ファクスで知った。晩飯のときからふさぎこみ、珍しく自分で茶わんを洗った。

原発を問うた死

 翌朝、暗いうちに床を抜け出し、作業着に着替え、母屋を出た。携帯の歩数計は680歩を示す。本当なら収穫が始まっていたはずのキャベツ畑を、ひと回りしたのだろう。そして自宅裏の木のところへ行く。

 遺書はなかった。

 毎年8月6、9日の原爆の日には、息子たちに黙祷(もくとう)させるような父親だった。65キロ先にある原発の危うさを、しばしば口にした。後継ぎは、次男の和也さん(36)。原発1号機が爆発した3月12日、久志さんは「お前を間違った道に進めたなあ」と言った。

 和也さんは、父親が毎日つけていたノートを元に、春夏秋と農作業をこなした。来春とれるキャベツは、大きく作付けを減らした。学校給食に納入していた自治体が、福島県産の野菜を使わない方針を示したからだ。ここでどれだけ、農業を続けられるだろう。

 「なぜ、線香の一本もあげにこない」。和也さんは東京電力に抗議を続けている。

 悲しみに満ちた年が、暮れようとしている。あれだけの犠牲を生んだ災害だったということを、もう一度心に刻みたい。

 被災自治体の住民は、安全な街をどうつくるか、格闘を続けている。意見はぶつかりあい、負担は大きく、将来像は見通せない。息子を亡くした鈴木由美子さんは言った。「大勢の犠牲あっての復興だということを、忘れないで」

思いは届いているか
 野田政権は原発事故「収束」を宣言した。だが、帰れぬふるさとを思いながら年を越す人たちに、安心は訪れない。地域と暮らしの再建に向け、やるべきことが山積みだ。

 これからのエネルギーをどうするかの議論も、行きつ戻りつを繰り返す。キャベツ農家の樽川久志さんが、死をもって訴えようとしたことは、届いているだろうか。

 難しい課題を推し進めるのは言うまでもなく政治の役割だ。だがそのもたつきぶりには、目を覆うばかり。国の芯が失われてゆく感覚すらする。

 いたたまれず天を仰ぐ。凍(い)てつく夜空から突き刺すように、万の星がまたたいている。