「71才の365日」5月2日(月)曇り強風8℃ 「3・11大震災」53日

*朝トレ:6時30分〜7時50分
雨の昨日、実質的には空中浮遊(走=両足が宙に浮く瞬間有り?)無しの日となってしまった。

今日は、常時携帯のマスクに加えて眼鏡も付けた。強風・黄砂・花粉の三重奏(苦)。問題ではない、堰堤階段上がったら我れの世界だ。フィールドin 風が弱まっている、風邪気味も完治、体中の筋肉が踊り出す感じ押さえてコースin迄の間、目に入ったのは倉井さん家の煙(暖炉煙突から)、東から西へなびくのが主で途中舞出す。無理に止まないで良いよ装備は万全だから。

コースに入ると風が弱まる、これは風の力が弱まるのではなく、雑木の1/4円描く枯れ枝のトンネルに勢いを削がれるのだ。隙間だらけの枯れ枝が結構東、西の風を阻んでくれる。此処のウグイスは律儀だ、今日も挨拶をくれる。しっかりホーホケキョと。昨日写真に撮った山桜、日記には「只あるだけの」と表現をしたと思うが失礼かも?歩行2本目からしみじみ見てみたがどうして中々表情も色合いも・・・。回りの情景がいつもと違い、ウグイスは間の抜けた感覚で思い出したように鳴き、カラスの姿無く、チュビチュビチュッピンの声も聞こえない。だから桜が目に付くのか?この表現も失礼かも?

とにかくよく見た。往路と復路では姿も表情も全く別人に見えるのだ。上がり勾配に80メートル走を入れるのでこれが往路、暖炉の煙も主に東〜西へ棚引いて居た様に桜の風受け方も同様だ。この時はアクティブで華やかに見える。弥生祭(やよいまつり)を想い出した! (当然のことながら今回の「3・11大震災」に、自粛ムードの最中日光の「弥生祭」(やよいまつり)4月17日も中止になった)風に揺れる山桜を見て、花屋台に乗る芸者衆の姿を思い浮かべたのだ。もっとも十数台の屋台に芸者衆が乗ったのは大昔の事、現在は各町内の女の子達がお囃子も含めて花を添えている。往時はちんちん電車が走る路面を引き回される屋台の華やかさ、芸者衆が髪に差す桜の花!思い、思い芸子衆の花屋台の中へ声掛けて、逢瀬の約束取り付けようと懸命な若い衆。今、思い出せると言うことは我れにもそんな体験あるのか?見ていただけか?そこは忘れたな。

ところで復路の見え方はと言うと、上りエンドの此方から吹き始めは比較的少ないので東から吹き付けてきてもかなり穏やかな表情で居る時間の方が長い。見えることは枝振りが整然と並んでいる感じが強い、従って、風で揺れてもふくよか・華やかという感じよりも清楚な・しとやかなと言うような感じか、何故か自身も青学を卒業して、高校の英語教師を勤め上げたSさんを思い浮かべ、いつも凛としていた(というより肩肘はった様な?)今も日光市在住、従妹のKちゃんも目に浮かぶ。(Kちゃんも教師、定年間際には教育長候補にも上がったそうな)

たかが桜花(さくら)、されど弥生祭(さくら)=我れの誕生日は4月17日なり 
・今日は東京からちびっ子ギャングが2人来るが、我れ明日は10人会で榛名山行きだ。4日は覚悟して付き合いますか!



*「東日本大震災」53日

・やはり問題は原発下野新聞 5月1日「原発処理は子孫のために」客員論説委員 小林和生>(原文)福島原発の処理に世界の耳目が集まっているさなか、世界で人気絶頂のロシアの指揮者ワレリー・ゲルギエフから電話が掛かった。子供達を助けてやってくれという。日本は、福島はチェルノブイリとは違うとして、その体験を生かそうとしていないのではないかというのが彼の懸念だ。私はチェルノブイリ事故の時、モスクワ勤務だった。当時の取材メモや日本に送ったリポートのノートを引っ張り出して調べてみた。最初にソ連に事故を問い合わせたのはスエーデンの大使で、異常な放射能を検知した本国政府から調査の訓令を受けていた。問い合わせに対してもソ連当局は「知らせる情報はない」と繰り返したが、厳しい数字を突きつけられ原発事故があったことをしぶしぶ認めた。発生から丸二日も経っていた。 

チェルノブイリの悲劇(概要)事故を過小に取り繕おうとする余り、事故発生の報告・発表の遅れ、正確さを欠く発表内容から周辺隣国までも巻き込む広域汚染をもたらし、特に痛ましい被害を受けたのが幼い子供達だった。日本はその場面では救世主的存在であり続けた。

・世界へ責任示す模範に(原文)今、その日本が世界から支援と同情を受ける立場になった。世界の多くの国にはこうした非常事態に際しては国家が強権を発動し、時には私権を制限しても全体の利益を確保するというシステムがある。日本は平和と繁栄の中で強権発揮の制度を必要としなかったが、今それが裏目に出ている。自衛隊が出てがれきを除去しようとしても、個人財産の壁で速やかな作業ができない国柄だ。チェルノブイリでは丸25年たった今でも未だ汚染は続いていて、100年後を目指しての対策が進行中だ。子孫のためにと強調するのは、チェルノブイリの例から分かるように原発事故処理は恐ろしく長期戦で、一代、二代だけでなく、将来、生を受けることになる子孫のことまで考えなければならないからだ。大災害の中での日本人の秩序や助け合いは世界の賞賛の的だが、今日本は、世界の体験と知恵を生かし、人類の将来に責任を見せる模範にならなければならない。福島原発処理は日本国の正念場だ。


下野新聞 5月2日:見出しのみ
作業員、被爆可能性知らぬまま・・・
「周知無しに弁開放」
東電社員が証言

・作業者は、恐怖・絶望感すら、命の危険を体感している! (K3545記) 
「息止めろ」飛び交う怒号: 我れのダイジェストでは手に余る。紙面を読んで下さい!